住んでみてわかる本音の中国

2001年から中国で生活している駐在員です。 当時は、中国にはバラ色の未来があるように誘致が進み、日系企業が次々に進出していった時代です。役人や中国企業との接待で毎日のように白酒を飲まされました。 日本との物価差も大きく、お金持ちになったような錯覚を覚えた時代でもありました。 それから20年、中国は大きく変わりました。そのスピードは日本や欧米とは比較になりません。今もそのスピードは衰えることなく変わり続けています。 激動の時代の中国を過ごした経験を、少しでも表現出来たらと思っています。

掃黒除悪とは?

【掃黒除悪】

直訳すると、「黒を掃除して、悪を除く」となります。

黒は暴力団などを指します。悪は社会の中に存在する悪い行為や人物という意味でしょうか。

「暴力団を一掃して、悪事をつまみ出せ」と訳せるかもしれません。

 

これは、もともと習近平指導部が始めた黒社会(暴力団など犯罪集団)の取り締まり作戦『掃黒除悪(悪を取り除く)』から始まっています。

この号令下、各地方政府は一斉に摘発に乗り出しています。
「闘争」と言う言葉を使っていることからも、今までの馴れ合いではなく、今回は結構本気だというのがわかります。

2018年1月に中国共産党中央委員会と中国政府国務院から、<『掃黒』『除悪』特別闘争の展開に関する通知>が出されました。

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人民代表大会

『掃黒』とは『黒社会(暴力団)』を一掃することを意味し、『除悪』は悪人を除去することを意味することから、一般的には「暴力団一掃と悪人除去」運動と理解できます。

しかし中国の法令等によくありがちな曖昧さもあり、その肝心な『掃黒』『除悪』の対象が何かは具体的には示されていませんでした。このため、一般庶民は掃除通知の対象がどこに向けられているのか、その範囲はどこくらいまで及ぶのかよくわかっていませんでした。

その後、中国のネット上に(公文書)の形で「“掃黒除悪十二類重点打撃対象(“掃黒”・“除悪”12種類の主要な打撃対象)」と題するビラが掲載され、主要な打撃対象となる12種類の「黒悪勢力(暴力団・悪人勢力)」の詳細が箇条書きで示されました。
ビラに記載された12種類の黒悪勢力は以下のような内容です。

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12悪+1

【12種類の黒悪勢力】

①政治の安全、特に政権の安全と制度の安全を脅かす、政治領域に浸透する黒悪勢力

②“基層政権(区・郷・鎮・村の人民代表大会と人民政府)”の権力を握る、“基層換届選挙(区・郷・鎮・村の人民代表の改選選挙)”を操作して破壊する、農村資源を独占する、“集体資産(農村の共同資産)”を横領するなどする黒悪勢力

③家族や“宗族(一族)”の勢力を利用して農村でのさばって地方の覇を唱え、庶民を抑圧し痛めつける“村覇(村の顔役)”などの黒悪勢力

④土地収用、借地、立ち退き、事業案件の建設などの過程で、扇動や騒動を引き起こす黒悪勢力

⑤建築工事、交通運輸、鉱物資源、漁業などの業界や領域で、工事の独占、悪意の競争入札、不法占拠、乱開発・乱採掘を行う黒悪勢力

⑥市場、卸売り市場、駅や埠頭、観光地などの場所で、不正手段や暴力により商売を独占したり、強引に売り買いさせたり、みかじめ料を徴収したりする“市覇(市場の顔役)”や“業覇(業界の顔役)”などの黒悪勢力

⑦“黄色・賭博・薬物(ポルノ・ギャンブル・薬物)”などの違法犯罪活動を行う黒悪勢力

⑧違法な高利貸付や暴力的取立を行う黒悪勢力

⑨民間の揉め事に介入し、闇の法執行を行う黒悪勢力

⑩中国国内へ入境して発展・浸透した「境外黒社会(国外・境界外の暴力団)」

⑪乱脈なワクチン市場や砂利採取などの業界で活動し、合法的な生産経営を妨害し、正常な市場秩序を破壊する黒悪勢力

⑫「信訪条例(陳情条例)」に違反して、陳情者が違法に上級機関へ直訴する、無理筋の陳情を行う、長期にわたり繰り返し陳情を行う、脅して財物をゆすり取るなどにより組織秩序や社会秩序を著しくかく乱するのを組織・画策・扇動する陰の組織者や指示者

 

最後の項目⑫は、人権弁護士などと言われている人たちが対象で、どちらかと言うと弱者救済を勇気をもって実行している人なので、我々日本人から見たらえ~っ!と思える部分もありますが、中国政府にとっては、彼らも「悪」なのです。


上記の特に⑦に関わる運動が、最近急激に活発になってきています。

今までは、暴力団対象だったからか、ニュース等を見ない限り、あまり表面に出ることはありませんでした。

しかし、最近は一般市民生活の中ですぐに気づくことが増えたのです。

まずは町中に「掃黒除悪」のポスターや横断幕が現れました。
えらいたくさんです。

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掃黒除悪ポスター


私の住んでいるところには、各廊下にポスターが貼られています。
中には、金属フレームで作った大掛かりな看板もあります。
相当お金がかかっています。

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掃黒除悪ポスター

女性服務員がお酒のサービスをするKTV(日本のクラブやキャバクラに相当)は完全クローズです。
バーはかろうじて大丈夫ですが、従業員が客の隣に座るのは禁止です。必ず対面からお酒を出さなければなりません。
カラオケ設備があるバーは、カラオケを使用してはいけません。

町の雀荘は全てクローズです。雀荘は普通の一般市民が使っていたと思うのですが・・・
これは賭博に当てはまるからです。

家庭でも、200元以上の掛け金があると麻雀・トランプ類は禁止です。
おっちゃん、おばちゃんたちの楽しみがひとつ無くなりました。

 

露天商まで取り締まっています。

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露天商の取締

 

ホテルに宿泊する場合は、必ず身分証明書かパスポートを見せて登録しなければなりません。ここまでは今までと同じですが、厳しくなったのは、家族や友達が訪ねてくる場合も、必ず同様の登録が必要なのです。

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ホテルの登録

さらに、公安はこのチェックを行うために、勝手に各部屋の中に踏み込んできて確認できるのです。日本だと捜査令状が無いとだめですが、中国はOKです。
そこに未登録の人間がいたら、公安に連行されます。外国人の場合は国外退去を含む厳罰が課されることもあります。

 

町のマッサージ屋さんが次々に閉店に追い込まれています。
風俗系のお店はもちろんNGですが、普通のマッサージ屋さんまで店を閉めるところが出てきました。
例えば、足マッサージは、男性客には男性マッサージ師、女性客には女性マッサージ師。もしも人数が足りなかったら、同性のマッサージ師が空くまで、客を待たさなければならないのです。

どちらかというとマッサージ師は女性の方が多く、客は男性の方が多いと思います。そうなるとバランス崩れます。

それになんか面倒だし、もめ事に巻き込まれたくないので、客足はどんどん遠のいてしまいます。

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マッサージ店の取締

ここまでやるのかと、あきれるようなところまで徹底的にやります。

国家主席になった習近平は、深刻化する幹部の腐敗に触れて「物が腐れば、後に虫が湧く」と述べて、腐敗問題に本気で取り組みました。
それから始まったのが「トラ退治とハエ駆除」を同時に行うと形容した腐敗幹部を取り締まる「反腐敗運動」であり、この反腐敗運動は過去5年間で一定の成果を収め、多くの高級幹部が失脚しました。
一般庶民からは、この成果を高く評価する声が多いのも事実です。

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習近平の反腐敗運動

習近平が最も恐れているのは、中国の歴代王朝のほとんどが民衆の蜂起によって滅亡しているという事実です。


中国の国防費と“公共安全費(治安維持費)”の金額を比べてみると、治安維持費が国防費をはるかに上回っているそうです。(ともに20兆円規模)

中国の国防費はアメリカに次いで世界第2位。

それでも、治安維持費が国防費を上回るのはなぜか?
おそらくそれは、中国社会が不安定であり、治安維持を強化しないと、14億人の人間をコントロールして国家を維持できないのでしょう。
多大な治安維持費を投入しないで済むようにするには、中国国民が中国共産党の統治に不満をいだくことがないように社会を安定させることであり、そのためには中国社会に根付く病根を取り除くことが必要なのです。

 この理由で「トラ退治とハエ駆除」運動に続いて打ち出されたのが、国務院から出された<『掃黒』『除悪』特別闘争の展開に関する通知>だったのです。

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掃黒除悪通知

このようなことから、今回の運動は、何かの会議があるからとか、外国の要人が来るからとかと言った通り一遍の対策ではなく、習近平の強い意思に基づく国策であることがうかがい知れます。

だとすると、これはいったいいつまで続き、どこに行きつくのでしょうか?
一部には6月いっぱいと言われてもいますが、「トラ退治とハエ駆除」のように一定の成果が出るまで、しばらくは続くと考えられます。

閉店に追い込まれて職を失った方々は気の毒ですが、中国政府としては、この巨大な国を統治するためには多少の犠牲は仕方ない考えているのでしょう。

中国人はたくましいので、おそらくこのくらいのことは簡単に乗り切ってしまうと思います。

果たして、その先には、巨大でクリーンな国家が現れるのでしょうか?
それが問題です。