ビッグデータとCOVID-19(新型コロナウイルス)
日本ではあまり報道されていませんが、今回は、新型コロナウイルス対策に、中国で「ビッグデータ」を活用している点をクローズアップして書いてみました。
◆COVID-19の最中、1月30日に中国に戻りました。
私は1月21日から春節休暇で日本に帰っていました。中国ではその前からCOVID-19が騒がれ始めていましたが、未だそれほど大きな問題にはなっていませんでした。
しかし、湖北省武漢市政府の隠蔽策が裏目に出て、一気に大きな問題に発展しました。
春節休暇を利用して、500万人の武漢市民が一斉に省外に散らばったのです。
中国国内には止まらず、日本を含めた全世界にばら撒かれました。
そんな中、中国に戻るのは自殺行為だと、家族や友人に言われながらも、会社からの明確な指示は無く、本来の予定を実行するしかありませんでした。
そして予定通り、1月31日に中国に戻りました。
その直後から、会社の操業再開のための準備や手続きで、忙しい日々を送りました。
普通の会社は自宅待機ですが、私は毎日会社に行きました。
役所に様々な対策・資料・データとそのエビデンスを提出しました。
そして、うちの会社は、2月10日から操業許可を得られ、操業再開できました。
提出した資料が十分で、さらに現場監査に合格した企業だけが、許されました。
しかし、実際は従業員が集まらず、稼働率は半分以下の状態がしばらく続きました。
その時、日本人駐在員は、春節休暇で帰国していた者も含めて、全員中国に戻り、あわただしく業務をこなしていました。
日本の外務省から、「在留邦人は帰国を検討するように」という告知が出ました。
しかし、曖昧な表現で強制力も無いため、結局本社は判断できず、現地任せ・本人任せとなり、日本人全員の帰国が実現できる会社はほとんどありませんでした。日本人がいないと回らない会社が多いですから・・・特に中小は。
しかし、中国は初動を誤ったため、その後も湖北省を中心にどんどん広まってしまいました。習近平は遅ればせながらそれを挽回すべく、その後極端な規制も含めて様々な政策を強力に推し進めました。
◆中国の「ビッグデータ」とは?
<個人情報は、そのほとんどがビッグデータとして国に掌握・管理されている>
もちろん公表はされていませんが、国民のほとんどはそれが事実だと考えています。
中国の公安(日本の公安とは違い、警察とほぼ同じ意味)は、国民の様々なデータを管理しています。
中国人が必ず持っている身分証(IDカード)はICチップが埋め込まれており、
戸籍や生年月日などの情報が、公安のビッグデータに紐づけされています。
それに加え、テンセントの微信(WeChat)やアリババの支付宝など、日常生活で頻繁に使うスマホのアプリにも、大量の個人情報が蓄積されています。
これらも全てIDカード番号から追いかけられます。
華為事件のときもそうでしたが、上記の巨大企業も私企業とはいえ、政府の強力なバックアップにより、成長し、市場を独占してきました。そのため、政府とのつながりは、一般の国営企業以上と言われています。
中国ではキャッシュレス化が進んでおり、ほぼ全ての消費が、この二つのアプリを通して行われると言っても過言ではありません。
買い物だけではなく、銀行で口座を作りお金を預けたり借りたりする場合も、学校に入学するにも、会社に就職する場合も、すべてIDカード番号が必要です。
個人の資産状況や、消費動向、生活レベル、思想、好みといったデータも収集可能です。
携帯電話を買って電話会社に登録するときにも、IDカードが必要です。
電話会社は、個人の登録情報以外にも、通信履歴や位置情報を持っています。
携帯電話は送受信しなくても、電源が入っていればどの基地局エリアにいたかの記録が残ります。
過去14日間と30日間、それぞれどこの基地局エリアにいたかは、自分自身でもわりと簡単に確認できます。
もちろん、Wifiにつなげれば、そのルーター情報も収集されます。
そして、これらの情報はビッグデータに紐づけされます。
飛行機や新幹線を利用するにも、IDカードは必要です。
自動車の持ち主は、IDカードでその所有権が証明されます。
監視カメラを使った自動取り締まりも、IDカード番号から追いかけられます。
自分の交通違反記録、罰金額などの情報も、簡単に個人のPCやスマホから確認できます。
高速道路はもちろん、あらゆる場所にこのカメラは設置されており、車のナンバープレートを自動読み取りし、IDカード番号につながり、ビッグデータに組み込まれます。
高速道路や駐車場の料金所は、ほとんどがナンバーを自動読み取り出来、ETCもIDカード情報と繋がっています。
誰がその車に乗っているかまではわかりませんが、誰が所有している車が、いつどこを走っていたのかというデータはすぐにわかるのです。
最近は飲食店の厨房にもカメラの設置が義務付けられており、そのカメラは公安のサーバーに直結されています。
街中にたくさんある防犯カメラを使った顔認証システムまで考えると、ものすごい情報になります。
データが膨大過ぎるので、これらの情報を管理するのは容易ではありません。
データだけを収集しても、しっかり利用できなければ意味がありません。
中国には、もうひとつ重要な要素があります。
ソフトウェアエンジニアの人数が膨大だということです。
IT化が進んできた時代、中国政府は大学でのソフト教育を急激に増強して、ソフトウェア大国を目指した結果、実際に実現できています。
もともと人口が多い国ですから、大量のソフトウェアエンジニアを生み出すことは容易でした。
大量のビッグデータと、それをコントロール出来るシステム。
これこそが、中国の凄いところです。
◆ビッグデータをCOVID-19対策に利用しようとすれば・・・。
COVID-19は、人間の移動をいかに制限するかが重要です。
武漢市を含む湖北省は完全に封鎖されました。
次は、自分の地域を守らなければなりません。
そのために、外(特に危険地域)から入ってくる人間を排除しなければなりません。。
※危険地域は、あらかじめ政府が基準を出しています。
物理的に排除するには限界があります。
人の移動を合理的にリーズナブルに行うにはどうしたらいいのか?
まず、制限をかけたのは、戸籍です。IDカードには戸籍情報があります。
当初は、安全な地域にずっと居住していたとしても、戸籍が湖北省だったら、会社への出勤リストに登録できないことがありました。
さすがにこれではあまり意味がありません。
政府側も、安全性の高い従業員は、できるだけ移動を許可して出勤させたいと考えていました。安全を確保しつつ、経済にできるだけ打撃を与えない方法が必要です。
政府は企業に、2月10日からの出勤可能者リストを提出させました。
そのリストには、個人名や電話番号はもちろん、戸籍・現住所の他、過去どこにいたのか、どういう交通機関で移動したのかも記載されています。もちろんIDカード番号もです。各企業・各社員の、かなり細かい情報が政府のデータベースに登録されました。
このリストと、実際の携帯電話会社の位置履歴データ等で、個人をふるいにかけ、その結果出勤OKかNGか、簡単にスマホで確認することができるようになりました。
そして、個人は、高速道路や駅などの検問で、この情報を提示することにより、自分の働く会社のある地域に移動できるようになるのです。
中国人のほとんどは、マンション群をひとくくりにした「村」とか「街道」呼ばれる範囲で管理できます。
マンション群は塀で囲まれており、出入りする門を限定することで、わりと簡単にそこの出入りを管理できます。この単位で封鎖することもできます。
街道はそれをもう少し拡大したイメージです。
各門で検問時、ビッグデータからの情報をうまく利用していました。
マンションごとにバリケードを作り、出入りする住人を厳しく管理します。
各個人の携帯電話に、あらかじめ住所や会社名、健康状態や移動履歴等の情報を登録(公安のビッグデータと連携)すると、QRコードが発行されます。
そのQRコードの色が、安全な人はグリーン、危険な場合はレッドで表示されます。個人の顔写真などの情報も同時に表示されます。
検問の係員は、自分のスマホアプリで相手のQRコードを読み込み、公安情報と照合し、間違いないことを確認し、入門を許可します。
おもしろいのは、百度地図というアプリがあるのですが、この地図には、どこのマンション・アパートに感染者がいるかという表示まで出てくるのです。
いわゆるウイルスマップです。これがあると、そのアパート周辺には近づきたくないです。自然に、感染を防ぐ効果があります。
企業の操業再開の次は、商業施設の番です。
ここでもQRコードが活躍します。
デパートやショッピングモール、スーパーなどは、入り口で係員が体温測定と同時に、QRコードの確認をします。マンション群の入り口と同様です。
グリーン表示が照合できれば、店の中に入れます。
公共交通機関です。
地下鉄やバスなども、体温測定と共に、QRコードの確認があります。
バス等は、バス側に備わっているQRコードを客のスマホで読み取ることにより、そのバス自体が安全かどうかと、客が安全かどうかを同時に確認することもできます。
このように、ビッグデータを利用して、個人の安全性を特定し、安全な人だけをいち早く社会に復帰させ、効率的に通常状態に戻すことに、中国は見事に成功したと言えます。
個人情報を政府に握られているという代償に、情報社会の利便性を享受できた形です。
2020年3月19日時点、世界中にCOVID-19(新型コロナウイルス)が蔓延する中、この日の中国では輸入症例を除いた新規感染者数が初めてゼロになりました。
いまや中国は、最も安全な国の一つに数えられるようになりました。
ビッグデータの利用が、多少なりとも貢献したと言えます。
※あくまでも個人情報を政府に握られているという条件がつきますが・・・